映画の感想:東の狼

2月3日から全国公開される藤竜也主演の作品である。

この映画はなら国際映画祭の映画制作プロジェクトNARAtive(ナラティブ)として誕生した作品だ。

しかしながら、ほとんどの観客にとっては「なら国際映画祭」とはなんぞや、である。

なら国際映画祭とは、奈良の平城遷都1300年目となる2010年に映画作家の河瀨直美をエグゼクティブディレクターに迎え始まった映画祭である。生まれ故郷である奈良と映画をこよなく愛する河瀨直美が意欲的に取り組んでいるイベントだ。

次に浮かんでくる疑問はNARAtiveであろう。

NARAtiveとは奈良らしさを映像におさめ語り継いでいく映画制作プロジェクトである。今後の活躍が期待される若手の映画監督を招き、奈良を舞台に映画を制作。奈良の魅力を世界中に発信していくという目的だ。監督には、なら国際映画祭のインターナショナルコンペティション部門における受賞者の中から選ばれ、受賞から2年後に開催される次回のなら国際映画祭でプレミア上映されるという企画になっている。

2014年のなら国際映画祭(注:映画祭の開催は隔年毎)において審査員特別賞を受賞したキューバ人のカルロス・M・キンテラ。彼が『東の狼』の監督である。

この作品、実は2016年のなら国際映画祭でお目見えしている。映画祭の法則からすれば当然のことで、上映時には藤竜也をはじめ出演者たちも映画祭に参加した。

この映画が特殊な側面を見せるのはここからである。来たる2月3日に公開される『東の狼』と映画祭で上映された『東の狼』は編集が全く異なっているのだ。同じ素材を使っているが別の話になっているのじゃないかと思わせるくらい別物の仕上がりになっている。こんなことはなかなか無い。各上映会で上映されるたびに「編集が変わっている」という噂も聞いたくらいである。

それが良いか悪いかは別として、今回の公開にあたってそれだけ苦労を重ねたということである。ここに監督の執念のようなものを感じる。

 

とにかく藤竜也が出ずっぱりである。74歳(撮影当時)。ライフルを担ぎ、山を歩きまくる。絶対にしんどかったはずだ。が、その雄姿は静かで強烈だ。

藤さんは非常に気さくな方である。撮影に入るだいぶ前から現地入りし、地元の人との距離を縮めていった。サインを拒むことも無ければ、写真を撮られることも厭わない。地元の人の協力があって成り立つ作品だけに、制作サイドとしてこの対応は本当に有難かった。

こんなこともあった。

私が現地入りした日に挨拶に伺うと

「あれ、俳優さん? あ、スタッフさん。カッコいいんで俳優さんかと思ったよ」

と言うではないか。

この一言で、どんなことがあっても藤さんのためにこの作品をやり抜こうと誓ったのである。人心掌握術をも心得た人なのだ。

こんな藤さんだからこそ、この映画は成立したのだろう。私だけではなく、地元の人たちも撮影スタッフたちも藤さんの魅力に惹きつけられていたように思える。

 

次の日のスケジュールがなかなか決まらない。

想定外の変更の連続。

色んな事があった。でも今思えば忘れえぬ思い出である。

そして藤さんよりも年長のカメラマン山崎裕さんの存在も忘れてはならない。

75歳(撮影当時)。誰よりもスタスタと山道を歩き、グイグイと進んでいく。間違いなく現場の推進力であった。何度か身体をマッサージしたが、とてもその年齢とは思えない体つきをしていた。強靭な肉体の持ち主である。

 

現場の思い出話ばかりになってしまった。

映画自体は藤竜也演じるアキラの静かで熱い闘いの物語である。狼終焉の地・東吉野村であるからこそ成立する物語でもある。

漫然と観ているとわけがわからなくなる映画でもある。気合を入れて観た方が良い。79分。集中力が保てる時間に収めてくれた。

長回しにしんどくなることがあるかもしれないが、それが監督の味である。味わってほしい。

個人的におススメなのは、アキラが軽トラで回転するシーンである。様々な要因が重なり、芝居上の怒りと現場で湧き起こる怒りが軽トラ回転に凝縮されているのだ。30メートル離れた場所から見守っていたが、タイヤから弾かれる小石がビシビシと飛んできて痛いくらいだった。怒りを軽トラで見事に表現した藤さんのドライビングテクニックを観てほしい。

 

先日のTBSラジオ爆笑問題の日曜サンデー』で藤さんがゲスト出演して、爆笑問題の二人とともに『東の狼』を語ってくれているので、興味があればぜひ。